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日本の未来

グローバル化に邁進する日本の未来に危機感を抱く者です。歴史認識を正して日本人としての誇りを培いたいと願っています。体験にもとづく本音トークも交えます。

驚きの連続だった通信制高校


昨年度は、初めて通信制高等学校に勤務しました。日本にこんな高等学校があったのか・・・それは、想像を絶する世界でした。

服装は自由で、清楚でもど派手でも作業服でもブレザーでもショートパンツでも超ミニでもロングスカートでも何でもOKです。・・・さすがにヘソ出しは注意を受けていましたが・・・髪の色や化粧や装飾品などにも各々の個性を存分に発揮できます。

課題は、ごくごく限られたレポートです。週5日制のコースは、もっと内容が多いようですが、私が担当したのは週2日制と土曜制のコースですから、一学期でわずか数枚のレポート(問題形式)を提出して、合格ラインに達していればよいのです。

そ もそも、これっぽっちで高校卒業の資格認定が得られるということが驚きでした。直前に進学校に勤務し、膨大な教科書教材と副教材をこなしていただけに、あ まりのギャップに、正直、気持ちの上で同調できませんでした。文科省が認めていること自体に、納得がいかなかったのです。普通校では、天候のためのお休み を長期の休暇と振り替えてまで、授業時数の確保とやらに躍起になっているというのに・・・

けれども、このような通信制の高校は、昨今日本 全国に、雨後のタケノコの如く増加しているようです。ネットで検索してみて、驚きました。私が勤務した学校は、それなりに充実した課題でしたし、各学期末 には単位認定試験があり、これが成績をつける上で相当なウエイトを占めていましたが、中には選択問題形式のレポートで済ませているところもあるとも聞きま した。これでは、日本の高校進学率が90数%だと言うのも、誇れることだかどうだか・・・と思ってしまいます。

一方で、高校がほぼ義務教育化しているからこそ、さまざまな事情を抱え、普通校の履修が困難な青年たちが、是非とも高校卒業の資格を取りたいと思い、なるべく最短でその実現を目指しているということも理解できます。

既 に就職している青年達(中には30代も)や、家庭の事情等でアルバイトとの両立を目指す生徒達や、子供を親や保育所に預けて通学している女子生徒達や、不 登校で悩んだ末に転校してきた生徒達や、受験の段階で行き先が見つからず最初から通信を選んだ生徒達、などがいました。

さまざまな学力レ ベルの生徒達が、学年の枠を外して、単位修得のために学習をするのです。同じ授業に1~3年が入り交じっています。努力して人より多くの単位を早く2年間 で修得し、卒業する生徒もいました。驚くほど少ない課題で単位が修得できるからこそ、2年で全てを終えることが可能になるのです。まさに不可能を可能にす る学校だと思いました。

総じて生徒達の授業態度は真面目であり、試験の結果も満点やそれに近い点数を取る生徒達も各クラスにいました。一 方で、問題文の簡単な漢字すら読めず、教師の指示が聞き取れず、自力ではレポートを完成できない生徒達もいました。ここまで歴然とした学力差のある若者達 が、机を並べて授業を受ける学校が存在するとは・・・あり得ないことがあり得るのだと知りました。

トップ級の生徒達に関しては、習得力の 確かさや、考察力、分析力のすばらしさに感嘆させられ、なぜこれほどの素養を持っていながら、普通の高等学校を続けることができなかったのか・・・と疑問 を持たずにはいられませんでした。特別気になった生徒については、担任の先生と話して、大まかな事情を聞きましたが、明るく活発で、良く勉強し、クラブ活 動にも楽しそうに参加している生徒達が、ここでやっと居場所を見つけたのか・・・と、嬉しいような残念なような、複雑な気持ちになりました。



3 月中旬の卒業式では、指導が徹底していて約80名全員が白いシャツに黒かグレーのスーツ姿でした。(髪の色はさまざまでしたが)成績優秀であった者、生徒 会活動や部活にとり組んだ者、皆勤と精勤などに加えて、【仕事と学業の両立に励んだ者】が表彰されたのが、特徴的でした。英検や日本語検定、漢検などで3 級、準2級、2級合格などの成果を挙げた者も表彰されました。

2年で単位を全て修得し、卒業する一人に進路を訊ねたところ、まだ決まって いないけれど、できれば大学に行きたいと言っていました。必要なレポート記入だけではなく、私が出した発展的な課題までも確実にやってきた特別に真面目な 生徒です。意見文を書かせたときにも、日本社会に対しての誰よりもシビアな見方を、しっかりと書き記しました。彼の前途が明るく開けるように、願わずには いられません。

大勢の生徒達の笑顔がはじけていた中で、こちらから名前を呼んで「おめでとう、よく頑張ったね」と声をかけても、暗く固い 表情を向けて軽く会釈をしただけで、ニコリともしない生徒が少数ながらいたのが、心残りです。両親に付き添われて会場を出ながら、私のかけた言葉に驚いた ような表情を見せただけで、笑顔もなく立ち去った生徒もいました。

もしかすると、なるべく大勢の生徒を奨励する意味でしょうか・・・普通 の学校以上に、あれやこれやと名指しで表彰する場面が作ってあり、何度も名前が挙がる生徒がいた、あのムードが原因だったのでは・・・?と考えさせられま した。それなりに努力してきたにもかかわらず、一度も名前を呼ばれる機会がなかった生徒達は、少なからぬ疎外感を覚えていたのではないかと・・・

い ずれにせよ、非常に優秀な生徒も、その逆の生徒も、等しく「普通高校の何十分の一」という信じられないほど少ない課題を仕上げ、晴れて高校を卒業できたの です。コースによっては、月に数回しか登校しないでよいのです。実は今でも、あそこまで手ぬるい認可が与えられているということに対しては、全面的に賛同 できないでいます。

あれで、高校卒業相当の学力を身につけたと言えるのだろうか?いや、言えるはずがない!「先生、大学に受かったよ!」 と喜びの報告をしてくれた生徒が、果たして4年制大学の単位修得をこなして卒業まで辿りつけるのだろうか?勿論、前途に幸あれと願ってはいますけれ ど・・・結局のところ高校、大学教育における全体のレベルを明らかに引き下げることになっているが、それで良いのだろうか?



とはいえ、生身の生徒達は、実に個性的で、それぞれの良さがあり、授業を一生懸命に聞いてくれましたから、どの子もかわいい教え子として、私の胸に刻まれています。

日本語検定試験についてはどの生徒も熱心に学習し、この演習科目で私が担当した生徒達約60名は(3級または4級でしたが)、準合格を合わせると2学期には九十数%が合格しました。

ーーー昨年11月に学校側から、早くも次年度継続の問い合わせをいただきましたが、保留の形でお返事を引き延ばしてしまいました。

3 月末まで心のどこかでは、引き続きあの学校で、いろいろなものを乗り越えて頑張っている生徒達の支援をし続けたいという気持ちがありました。今でもこれか ら2年、3年になる生徒達の顔を思い浮かべると、私の決断次第ではまだまだ一緒に勉強できたのに・・・と切なくなります。

教員への待遇面での細かい事情もあり、またこれまで自分がやってきたこととのギャップに悩んだ末、私は通信制の学校を、この度は継続できませんでした。

そして結局、今年度はまたしても、かなりハードな進学校に勤務することとなりました。まだ教材を受け取ったばかりですが、想像以上に凄まじい課題をこなしていかねばならないようすです。



自分の中で、もやもやしているものを、整理するつもりで長々と書きました。すると、やはり長年の厳しい学校現場の体験から抜け出せていなかったこと、学校とは、高校生活とはこうあるべきだ、という理想像に縛られすぎていたことが、浮かび上がってきました。

では、いわゆる進学校が、最善の教育を行っていると言えるのかどうか・・・通信制の学校での経験に照らしてみたとき、これまで以上に普通校の良さや、弱点が見えてくるのではないか、これから始まる新しい生活の中で、また実践を通して考え続けたいと思います。



学校教育現場に携わっておられる方や、不登校支援に関わっておられる方、それ以外の方でも、なにかお気づきのことがあれば、ご教示をよろしくお願いします。