日本の未来

グローバル化に邁進する日本の未来に危機感を抱く者です。歴史認識を正して日本人としての誇りを培いたいと願っています。体験にもとづく本音トークも交えます。

「日本における教育の危機」自体の歪み


2000年の「教育改革国民会議報告」の広報用パンフレットには、「危機に瀕する我が国の教育」という見出しで、次の4つの項目が挙げられています。


(1) いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊、少年犯罪

(2) 個人の尊重を強調し、「公」を軽視する傾向

(3) 行きすぎた平等主義による子どもの個性・能力に応じた教育の軽視

(4) これまでの教育システムが時代や社会の進展から取り残されつつあること




これまで2回にわたって取り上げてきた『安倍「教育改革」はなぜ問題か』の著者である藤田英典(ふじたひでのり)氏は、この危機の捉え方そのものを、「三重に危険で歪んだもの」とされています。

今回は、そのことについて、取り上げたいと思います。
ここで、まず筆者の略歴を、ご紹介することにします。


藤田英典

共栄大学教授、東京大学名誉教授、日本教育学会会長。
1944年生まれ。1969年 早稲田大学政治経済学部卒業。
1975年 東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。
1978年 スタンフォード大学教育系大学院修了。
名古屋大学助教授、東京大学教授、国際基督教大学を経て、現職。
専攻は教育社会学


では、《なぜ前述の「教育の危機」としての4項目が、歪んでいると考えておられるのか》ということについて、書かれた箇所を引用します。(改行等一部便宜をはかっていますが、ほとんど原文通りに引用しています。)



第一に、その危機の捉え方は、具体的な改革の是非や適否を問うことなく、
(1)の「教育病理」と言われる、誰もが何とかしなければならないと考えるような問題を挙げることにより、改革の必要性を心情的・道義的に心象づけて認めさせ、
もう一方で
(4)の「(日本の教育システムは)時代や社会の進展に取り残されつつある」とすることにより、感覚的・認知的に、改革することの必要性・正当性を印象づけ、改革至上主義という立場から、種々の問題の多い改革を容認させるからである。

第二に、実際の改革は、
(2)の「公」の重視・回復という新保守主義的・国家主義的・管理主義的な傾向と (3)の「能力に応じた教育」の重視・促進という新自由主義的・市場原理主義的・成果主義的な傾向の強いものであり、
その点で特定の思想的傾向を特徴としているからである。
しかもその思想的傾向は、第一の歪みによって不問に付される傾向にある。

第三に、そうした思想的傾向に基づく改革は、
(1)の「教育病理」の解決という〈初発の関心・課題A〉に適切かつ有効に対応しうるものではないというだけではなく、その〈初発の関心・課題A〉への実践的対応の基盤(学校や教師の実践基盤など)を堀り崩し脆弱化する危険を宿している。
また、入試競争の弊害の是正という〈初発の関心・課題B〉や、
(4)の「時代や社会」の進展・変化への対応という点でも、新たな弊害を引き起こし、
これまでに築き上げてきた日本の教育の卓越性と適切性の基盤を、掘り崩してしまう危険性を宿しているからである。



こ のように読み進めていくと、おぼろげにではありますが、アベノミクスの歪みと重なる部分が見えてきます。要するに、何としてでも現状は改革する必要性に迫 られているということをまず突きつけて、これまでみてきたように、「道徳教育」なり「入試改革」なり、「教育公務員」への要求なりを、深慮なく、自分たち の新自由主義的改革路線で押し進めていっている、それによってかえって伝統を破壊しているということでしょう。

では、欧米諸国は、どのように教育改革を進めているのでしょうか、また藤田氏はこれまでの日本の教育は何によって支えられてきたというのでしょうか。今後これらについて、もう少し、読み進めたいと思います。