日本の未来

グローバル化に邁進する日本の未来に危機感を抱く者です。歴史認識を正して日本人としての誇りを培いたいと願っています。体験にもとづく本音トークも交えます。

グローバル化時代の学校教育の課題


高等学校の校種の違いにおける学習量の違いは、想像以上に著しいものがあります。倍、数倍どころではありません。何十倍もの違いがあるのです。ですから、実績のある「進学校」と呼ばれる学校に行くことが、必ずしも幸せとは思いません。

生徒達の大半は、流石に難関大学を目指す者が少なくないだけあって、驚くほどのキャパシティーがあり、打てば響くという感触を得られることから、教え甲斐を感じる場面も大いにあります。

け れども、わずか1年とはいえ通信制高校という、超のびのびとした教育現場に出ていた私からすれば、膨大な課題の山に負われる学校生活が、実に窮屈でなりま せん。少数ながら、不登校に陥ってしまっている生徒もいます。また、クラブ活動との両立で、涙ぐましい努力をしている結果、授業中の集中力が保てなくなり がちな生徒もいます。自律神経がコントロールできなくなっていることが、後々悪影響を及ぼすのではないかと、心配です。

現在の職場では、教員への要求も半端ではなく、学年共通の課題が次々と出されるため授業における自己裁量の部分が大変少なく、提出物の処理にしても一人ひとりへの添削指導を促されるため、大勢を相手に絶えず奮闘さねばなりません。

し かしながら、なぜここまでやらなければならないのか・・・と不満を口にすることもできません。なぜならチームを組んでいる方々が、私以上のノルマを抱えな がらも、熱意を継続しておられるからです。ご理解いただくため具体的に極端な例をいえば、「生徒の提出物の添削をするために下校が朝の四時になり、仮眠を とって新しい弁当を持って7時半には登校した」というような働き方をされている方と組んでいるのです。

というわけで、藤田英典氏の『安倍「教育改革」はなぜ問題か』のまとめを書きたいと思いつつ、手をつけられないでいました。できればじっくり取り組みたかったのですが、いつのことになるかわからないので、簡潔にまとめておこうと思います。



日本の教育を支えてきたもの

それはひとえに、教育の現場で誠実に努力し続けている教職員と、その誠実な努力を信頼・支援し、連携・協働している教育委員会や保護者・地域住民の熱意である。



グローカル化(グローカリゼーション)とは何か

グ ローバル化は、一般的には、ヒト・モノ・カネ・情報・文化のグローバルな移動と地域間の相互依存関係の拡大が進むことをいう。その変化と影響は様々な領域 や側面に及ぶが、教育との関連で得に重要なのは、知識・技術・資格・規範のグローバル・スタンダード化が進むことである。

その一方で、 ローカル化という変化も進んでいる。これは、一つには、グローバル化が、いま述べた知識や規範のGS化(グローバルスタンダード化)も含めて、世界各国や 各地域・各民族などのローカルな価値や文化に影響を及ぼし、その結果、ローカルな固有の価値や文化が浸食され、維持することが難しくなるという危機感が背 景にある。もう一つには、各国・各地の経済・社会の活力維持・活性化を図るという関心や課題意識を背景にしている。

こうしたグローカル化における人類共通の重要な課題は、多様なローカルの自主性と自律性を尊重し、その相互承認を図り、平和的な共存共生を実現していくことにある。

学力の形成・向上という課題も、学校教育の役割と現代的な課題を見極め、その充実と課題達成を図っていくことも含めて、こうしたグローカル化という文脈を踏まえて検討し、進めていくことが重要である。



グローカル化時代の学校教育の在り方と学校づくりの課題

①「新しい学力」と、「古典的学力」の基本的コアに違いはない。

古 典的な学習観が重視するのは、各教科の内容を系統的に学び、考え、理解し、マスターしていくことであり、そこでとりわけ重要となるのは、考えて理解するこ とと、繰り返しや反復練習を積み重ねることにより、その習得を確かなものとすることである。この基本を疎かにするとき、確かな学力の定着も、創造力や問題 解決能力などの形成も、不十分なものとなってしまう。


② 学力・学習・教育の基本は変わらない。

筆者は35年ほ ど前から、「読み・書き・計算」に加え、「責任」を重視してきた。これは筆者の造語ではなく、19世紀半ばの南北戦争の頃までのアメリカで使われていたも ので、その時の「責任」に当たるものは、「宗教」であった。スタンフォード大学の教育学系大学院の博士課程に在学していた時にアメリカ教育史の文献から見 出したものだ。残念ながら、これの現代的な復活・再生は現在に至るまで達成できていないようだ。


③ 時間もかけず、努力もせずに、力がつくことはない。

学校5日制が始まった時からの、「新しい学力観・学習観」の最大の課題は、時間と努力を軽視した点にあった。


④ すべての子どもがハッピーで、夢と誇りを育むことのできる学校と教育を実現していくこと

学 校に多様な物差しのあることが必要不可欠である。この点で、日本の学校は世界的にも優れている。授業と学力形成だけでなく、様々な特別活動や部活動でも、 種々の学級委員の活動や給食、掃除などの活動でも、そこでの努力を評価し称賛する優れた伝統を維持し、豊かにしていくことが重要である。


⑤ 〈名誉の等価性〉を基本に据え、〈努力と称賛のカルチャー〉を豊かにしていくことが重要。 

こ れは多くの政策文書やスローガンに掲げられてきた「個性の重視、育成」の前提条件になるものである。なお、臨教審以来のいくつもの答申が掲げてきた「個性 の重視、育成」は、上記のような考え方と方向で進められたのではなく、学校選択制やエリート的な中高一貫校の新増設といった制度改革によって進められた。 それによって、子どもたちの学びの場を、小中学校段階から、制度的に差別化することになる。


⑥ 地域に根ざし、地域によって支えられる学校づくりを進めることが重要。

特 に義務教育の学校は、地域社会の重要なライフラインの一つであり、同時に、地域に根差し支えられてこそ豊かな展開が可能となる。その相互依存、相互作用の 関係は、子どもたちにとっても、保護者や地域住民にとっても、誇りに思える学校づくりと地域作りが連動し、展開してこそ、豊かになるものである。



〈未完のプロジェクト〉としての教育と政治、政策の責任

このプロジェクトを支え続ける作業は、現代のように、「学校の自明性」が低下した時代にあっては、決して容易なものではない。

しかも、教育の条件や環境を整えるべき政策が迷走し、矛盾や混乱、問題や弊害を引き起こすという由々しき事態に陥っている。

また、その政策を策定し実施に移している政治家や政策担当者は、その政策の結果に責任をとることのない存在である。

そうした状況にあって、それでも学校教育を実質的に担い、その改善、充実を図っていくことができるのは、教職員と、教育委員会と地域社会である。


★教育という重要かつ難しい未完のプロジェクトを成功に導くためにも、重要と考えられる3つの準則

① お金も人手も時間もかけずに教育がよくなることはない。

② 子どもの夢と誇りを大切にしない教育は失敗する。

③ 支え続けるのは、教職員と地域の信頼・支援・協力である。
  そして、この故に、教職員の夢と誇りを大切にしない政策は失敗する。




教育実習生が異口同音に言うのは、「先生の仕事がこんなにも大変だとは思いませんでした」です。黒板に背を向けて生徒に対面するために、どれだけの準備が必要か、一人ひとりの個性を尊重し、能力を伸ばし、進路を保障するために、どれだけの地道な努力が必要か・・・。

例えば非常勤講師の授業の時給が2千5百円だとします。けれども実質かかった時間で考えれば、千円にも満たない場合が多いのです。専門性を求められる割りには、最低賃金並みとも言えます。

そもそも日本における1クラスの人数は、永遠に40人前後なのでしょうか?高校では常勤ならば6~8クラスの授業に出ますが、240~320人と、常時関わるのです。レジャーどころか睡眠や読書の時間を確保することもままなりません。

その上、自己申告書だけならいざ知らず、テストや模試の度に成績(教授法の評価につながる)が数字によって示され、その上、生徒による授業評価なるものが(匿名で段階評価およびコメントの形で)行われます。

こ れまでご一緒した先生方と、このことについてお話しする機会がいろいろとありましたが、おそらくは不本意な思いをしていない方はあまりいらっしゃらないの ではないかと思います。ある大ベテランの男性(進学校の校長で定年退職をされた後、教科教育の現場に復帰された非常に着実な方)は、「実に不愉快だ。自分 の努力不足を棚に上げて、いっちょまえにこちらに対する批判をするとは・・・」と憤慨されていました。また、ベテランの女性(相当な学力と教授技術を持っ た方)は、「必要なことならともかく、私など〈顔が嫌い〉と書かれてものすごくイヤな気分になったことがあるのよ」と言われました。理知的なきれいな方な のに、です。

我々が学生時代には、先生を評価するのは、友だち同士の会話の中でこそあれ、公然としたものではありませんでした。第一、こ のようなお節介をされなくても、新任当初からずっと毎学期や学年末に、生徒と自分自身の反省のために、独自の評価用紙を作成して、感想や意見を書かせてい ました。勿論記名入りです。生徒が自分のことを棚に上げて、言いたい放題できる体制は、やはり望ましくないと感じます。


「教職員の夢と誇りを大切にしない政策は失敗する」の一節に強く共感します。