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日本の未来

グローバル化に邁進する日本の未来に危機感を抱く者です。歴史認識を正して日本人としての誇りを培いたいと願っています。体験にもとづく本音トークも交えます。

「首相の謝罪」に「国民は激怒」のナンセンス!


相当数の国民は、首相の謝罪に共感などしないでしょう!もしも大半の国民が共感するのであれば、それこそ日本はアウトです。「日本国民ごときは未来永劫、ひざまずいて、土下座して、はいつくばってろ!!」という相手の思惑通りになるしかないのですから・・・

ま た、国民の共感なき首相の謝罪は、全くの茶番です。そもそも「お詫び」の言葉を外す意向であった首相自身が、まさか「心からのお詫び」などをするはずがあ りませんし、自分自身を欺いているばかりか、大勢の国民を裏切ってまで行う、単なる相手や反対勢力への「おもねり」以外の何ものでもないのですから・・・

要するに、信念も、哲学も、指針も何もないのでしょうね、安倍首相は・・・

自 民党の稲田朋美政調会長の「日本は痛切な反省に基づき、この70年間、戦争することなく、平和に貢献してきた」「中韓両国と国交正常化を成し遂げた後、中 国に政府開発援助(ODA)を行い、韓国にも援助してきた」から、「謝罪をするのは違和感を覚える」というのも、それらしいけど少し違います。

明治維新以来、日本が置かれていた国際的な立場や、16世紀大航海時代以来のヨーロッパ勢力が、アジアに対してどれほど圧迫を加えてきたかを俯瞰して、これから百年後、千年後の我が国の在り方まで展望しなければなりません。


昨日のプライムニュースで、西尾幹二氏が明快におっしゃいました。

国家間で問題になるのはカール・ヤスパースが言うところの罪の分類では「①刑法上の罪 ②政治的な罪」までであるはずなのに、「③道徳上の罪」「④形而上の罪」も何もかも含めて問題にしている、これはおかしい。

2012年、安倍晋三氏自身が、「宮沢談話、村山談話河野談話、すべてを見直すべきだろう」と言われたのに、もしも肝心の歴史認識に関することをそっくり踏襲するのであれば、何のために談話を出すのか?

「70年談話」などむしろ出さない方がいい!


私もこのご意見に、同感です。歴史に縛られ、身動きがとれないでいる現状を打開するための談話でないならば、ナンセンスに等しいと思います。


曾野綾子氏もいいことをおっしゃいました。
ひとりの人物でも、ひとつの国家でも、必ず良いところもあれば悪いところもある。すべてが良い、あるいは悪い、ということがないのであれば、謝り続ける必要はない。
だいいち人間、「心からのお詫び」など、何度もできるものではない。一度は心から謝ったとしても・・・しかも相手から要求されて何度もそれを繰り返すならば、形骸化するばかりか相手への憎悪さえ起きかねない。

流石は人間への洞察に長けた小説家です。