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日本の未来

グローバル化に邁進する日本の未来に危機感を抱く者です。歴史認識を正して日本人としての誇りを培いたいと願っています。体験にもとづく本音トークも交えます。

リオデジャネイロ・オリンピック

 私が特に感動したのは、選手たちの不屈の精神と、日の丸の掲揚に合わせて国歌を口ずさみつつ、涙した姿だった。

 また今回のオリンピックに関して特に感じたことは、グローバル化がここにも侵入しているということだ。どうにも致し方ないことなのであろう。


選手が力をつけるために十代から外国で特訓を受ける例は、以前から知っていた。例えば、福原愛選手が中国へ、錦織圭選手がアメリカへ、カヌーの羽根田卓也選手がスロバキアへなどである。

け れども今回は、国籍を他国に移してオリンピックに参加することも、珍しくない様子で、驚いた。タレント猫ひろしが知名度アップを求めて、カンボジアの国籍 を入手してまで、マラソンに出たが、卓球の試合でも、日本の対戦相手はドイツであるはずなのに、相手が中国から帰化したアジア系の選手だった。

オリンピックは、国と国との戦いというより、個人参加の様相が強まっているとも言えるだろう。

 それと関連して、オリンピックそのものの意義を問い直したい。マスコミでは相も変わらず、各国のメダル数を表示して、戦いぶりを見定めようとするが、この捉え方を見直す必要があるだろう。あるいは、同時に別の見方も示す必要があるだろう。

本 日(8月21日)のNHK『日曜討論』で、為末大氏が、「①メダル数を競うより、メダリスト数を取り上げるべきだ。(団体競技をメダル数1とカウントする のはどうか?人数分の数字を取り上げるべきではないか?)②入賞するだけでも、大いに認められるべきだ。」という意見を出していたが、このように、もっと 大きな枠組みでの、オリンピックの意義を見直すべきだと思う。

各選手が4年に一度の国際的な大舞台に参加して正々堂々と戦うこと、応援する側もその姿に感動し勇気づけられること、ここにこそオリンピックの意義があると考える。

国の威信を賭ける、金メダルを獲得して国旗が掲揚され、国歌が流されることに誇りを感じる、ということには、異論はないが、これも行きすぎると、メダル獲得が義務化されたり、ドーピングという違法手段を使ってまで、メダル獲得に躍起になることとなる。

 東京大会に向けての課題として、紛争のない平和な世界の実現と、違反行為のない正々堂々とクリアな勝負をすることが、挙げられる。

今回も、国の枠を外した難民選手団が組まれた。これは、本来ならば参加できる能力を持ったアスリートたちが、紛争の犠牲となって埋もれてしまい忘れ去られることのないように、という配慮からだ。素晴らしい!

また、開会式で深い配慮ある演出がなされたことも、明記すべきことだ。 開会式が行われていた、現地時間5日午後8:15は、日本では6日午前8:15に当たる。広島市長らは開会式での黙祷を提案したが、IOCは、政治的な要 素を含むことになるということで、それを受け入れなかった。その代わりに、何らかの演出で平和のメッセージを盛り込むということになった。

そ して、ヒロシマで平和記念式典が行われているちょうどその時間に、リオでは、日系移民の苦難と希望を描くダンスが、披露されていたのだ。現在ブラジルには 130万人の日系人がいる。演出を担当した映画監督のフェルナンド・メイレス氏は、「世界中で戦争と平和を考える時間にしたい」と説明した。

https://www.youtube.com/watch?v=B90epkNmsqA